執筆者:弁護士・弁理士 田中雅敏
1.「声」の権利保護の必要性の高まり
生成AIの登場により、特定人の声をAIに「学習」させ、あたかもその特定人が行っているかのような声やトーンで、任意の言葉を「喋らせ」たり、「歌わせ」たりすることが可能となっています。生成AIにとっては、このようなことは得意分野であり、容易であるといえるでしょう。
現実にも、YouTubeやTikTokなどでは、アニメのキャラクタや人気歌手の声で、関係のない歌を歌っている「AIカバー」と呼ばれるコンテンツが多数見受けられます。声優らが所属する日本俳優連合は、2023年12月から2024年2月にかけて、こうした「声」の無断利用の実態を調査したところ、声優267人の声が無断利用されていたとする調査結果を公表しています。
声優にとっては、「声」が商品そのものであり、自分の芸術性の表現そのものでもあるといえますので、それを無断で利用されたのでは、経済的な影響も大きいばかりではなく、その「声」のもつイメージなども毀損されてしまうことになり、極めて大きな問題と言えます。
このような状況を受け、日本俳優連合は、2023年6月13日付けで「生成系AI技術の活用に関する提言」を発表し、声を使った無制限な生成AIの利用を問題視するとともに、「声の肖像権」について確立すべきであるとの立場を表明しています。
2.現状の法制度で「声」は法的に保護されるのか?
(1) パブリシティ権での保護
パブリシティ権とは、人の氏名や肖像等が、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利です(最判平成24年2月2日・民集66巻2号89頁(ピンクレディー事件))。有名人の名前や肖像等には、こうしたパブリシティ権が成立することは、判例上は確立された理論といえます。 もっとも、このパブリシティ権は、成文法において明確に要件が定められた権利ではないため、その境界はあいまいで、現時点では、「声」が直接的にパブリシティ権で保護されるかどうかは、明確ではないと言わざるを得ません(今後の判例等によってパブリシティ権に含まれることが明確となる可能性は十分にあります)。
(2) 不正競争防止法による保護
不正競争防止法では、「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用」することを違法としています(不正競争防止法2条1項1号)。
「声」がこの「商品等表示」に該当するかどうかは、現時点では明確ではありませんが、この点については、2024年4月15日の国会答弁で、経済産業省が「必要に応じて不正競争防止法の見直しを検討して参りたい」と発言しており、今後、不正競争防止法による法的保護が進む可能性があります。
(3) 結論
上記のように、「声」の権利については、現時点では、こうしたパブリシティ権や不正競争防止法によって保護される「可能性がある」といえるにとどまり、「法的保護がある」と断言できる状況にはありません。今後の、判例やガイドライン、立法等の状況を注視する必要があります。
3.米国では「声」に一定の法的保護が及ぶ
カリフォルニア州では、「声」の権利は、成文法およびコモンローの両方において、一定の保護が及ぶとされています。
すなわち、カリフォルニア民法第3344条は、個人の名前、署名、写真、肖像、そして「実際の声」が保護対象として規定されています。もっとも、この条文で保護の対象とされているのは「実際の声」であって、声のトーンなどではないため、生成AIによって作成された「本人に似た声」の無断利用が、直接この条文に違反するということには必ずしもならないともいえます。しかし、このように、「声」に一定の保護を与えている点は、注目に値します。
また、コモンローの考え方においては、「声」も保護されると考えられています。
この点については、Midler v. Ford Motor Co.という著名な判例が挙げられます。歌手ベット・ミドラーは、彼女の声の模倣が無断で広告に使用されたとして訴えを提起し、裁判所は彼女のパブリシティ権の侵害を認めました。このケースでは、実際の声そのものではなく、彼女の独特な歌声のスタイルが模倣され、それが商業的目的で使用されたことが問題となりました。
また、Tom Waits v Frito-Lay, Inc.という判例では、独特の歌声を持つトム・ウェイツという歌手が、自身の声を真似て歌われた楽曲をFrito-Lay社が広告に使用したことに対して訴訟を提起しました。判決では、コモンローのルールとして、①特徴的で、②広く知られ、③商業目的で意図的に模倣された場合には、パブリシティ権侵害が成立するとして、損害賠償の支払いを命じました。
このように、カリフォルニアにおいては、「声」についての一定の法的権利が保護されており、無断での商業利用については、法的な対応も可能であるといえます。
ただし、これらの保護は無限定ではなく、表現の自由や著作権等他の権利との兼ね合いから、相応の制限があるとされています。
4.今後の「声」の権利保護について
このように、現時点では、日本においては、「声」が法的に保護されるかどうかについては、不明確と言わざるを得ませんが、現在の法制度上でも、「権利保護が及ばない」というわけではなく、今後は、個々の事案に応じて、パブリシティ権や不正競争防止法等による保護が認められる可能性は、あるといえます。
また、これまでは、上記のカリフォルニアの判例に見られるように、「ものまね」による権利侵害が問題となっていましたが、今後は、生成AIにより、より大規模に「声の権利の侵害」事例が発生することが容易に想像されますし、すでに発生しているとも言えます。これらの無限定な「模倣」が法的保護に値するとは到底考えられませんし、一方で、「声」の権利を保護する必要性は、急激に高まっていると言えます。
今後は、法解釈、ガイドラインの策定、新しい立法等により、「声」の権利に一定の法的保護が与えられることが予想されます。
私見ですが、魅力的な「声」は、他の表現形態と同様に、人類の文化的財産として保護すべきものであると考えます。手遅れにならないうちに、早急な保護の法的枠組みを確立することが急務であるといえます。
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